2009年12月29日付 ニューヨーク・タイムズ紙 社説 “Iran's War on It's People"(イラン政府の自国市民との戦争)”
【概要】
1.私たち(NYT紙)は、イラン政府の容赦なく恥知らずな残虐さを前にしてイランの人々が示している勇敢さに鼓舞されている。
2.聖なるアシュラの習慣を尊重することさえしないイラン政府は、もはや自分たちが生き残ることのみを考えている。
3.イラン警察は、抗議運動を行う人々に向けて発砲し、数多くの人を逮捕したと見られている。イラン政府は、政府が行う暴虐の全容をイランの人々及び世界に見られまいとしており、ジャーナリストの失踪も伝えられているが、幸いにして報道をしようとしている人がいまだ数多くいる。
4.抗議運動は、ハメイニ・イラン最高指導者が6月の選挙を現職大統領に勝利させようとして以来のものである。改革の要求は、イランの聖職者階層の重要なメンバーからも強い支持を得るようになったようである。
5.オバマ大統領が、イランとの対話の可能性を維持していること、及び、イランが有する核兵器への野望について平和的に解決しようと追求し続けていることは正しい。オバマ大統領が、イラン市民に対する暴力を非難し、イラン市民に味方したこともまた正しい。
6.イラン政府は、今なお権力を強力に掌握しているようであるが、ハメイニ最高指導者は歴史の声を無視すべきではない。イランの人々は、何人もが要求する権利を有する権利を要求している。すなわち、基本的な自由、経済的な安心、政府が市民を殺害するのではなく庇護することにコミットしているという認識である。
2009年12月29日火曜日
2009年12月27日日曜日
オバマ政権の新人権政策に対する批判(WP紙社説)
2009年12月27日付 ワシントン・ポスト紙 社説 “Redefining Human Rights(人権の再定義)”
【概要】
クリントン米国務長官がジョージタウン大学で「オバマ政権の21世紀人権アジェンダ」演説を行った。我々ワシントン・ポスト紙はあまり喜ばしく思っていない。
クリントン国務長官は、『21世紀の人権アジェンダの柱は「民主主義の支援」と「開発の推進」である』と述べて新機軸を打ち出した。
確かにこの考え方は米国の人権政策上重要な変化ではあるが、考え方自体はまったくもって20世紀の代物である。つまり、経済的「権利」や社会的「権利」を政治的自由及び個人の自由の一緒くたにするものであり、それは旧ソビエト圏の考え方であった。
しかし、自由の権利は、政府が抑圧しない限り存在するという意味で天与のものであり、普遍的なものである。その点で他とは別格である。保健や住居それに教育といったサービスは、望ましい社会サービスではあるが、政府にそれを供給する資源があるか否かに依存するものであり、これらと自由の権利とは異質ある。
クリントン国務長官は、人権及び民主主義に「人間開発」を加え、これら全てを同時に取り組む必要があると述べたが、そこには2つの危険がある。
一つは、非民主主義体制が、クリントン国務長官の人権政策の中の経済的な側面の政策を取り入れるかわりに、政治改革をしないようになることである。
いま一つは、オバマ政権自体が、民主主義推進を控えて、開発に焦点をあてるという安易な道をとろうとすることである。
クリントン国務長官の発言を聞く限り、アル・カーイダが根拠としている中東アラブ世界で国務省がやろうとしていることは、まさにそれであるようだ。
【概要】
クリントン米国務長官がジョージタウン大学で「オバマ政権の21世紀人権アジェンダ」演説を行った。我々ワシントン・ポスト紙はあまり喜ばしく思っていない。
クリントン国務長官は、『21世紀の人権アジェンダの柱は「民主主義の支援」と「開発の推進」である』と述べて新機軸を打ち出した。
確かにこの考え方は米国の人権政策上重要な変化ではあるが、考え方自体はまったくもって20世紀の代物である。つまり、経済的「権利」や社会的「権利」を政治的自由及び個人の自由の一緒くたにするものであり、それは旧ソビエト圏の考え方であった。
しかし、自由の権利は、政府が抑圧しない限り存在するという意味で天与のものであり、普遍的なものである。その点で他とは別格である。保健や住居それに教育といったサービスは、望ましい社会サービスではあるが、政府にそれを供給する資源があるか否かに依存するものであり、これらと自由の権利とは異質ある。
クリントン国務長官は、人権及び民主主義に「人間開発」を加え、これら全てを同時に取り組む必要があると述べたが、そこには2つの危険がある。
一つは、非民主主義体制が、クリントン国務長官の人権政策の中の経済的な側面の政策を取り入れるかわりに、政治改革をしないようになることである。
いま一つは、オバマ政権自体が、民主主義推進を控えて、開発に焦点をあてるという安易な道をとろうとすることである。
クリントン国務長官の発言を聞く限り、アル・カーイダが根拠としている中東アラブ世界で国務省がやろうとしていることは、まさにそれであるようだ。
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